廃業パーラーの花ブロック

花ブロック

パーラーってどんなお店?

沖縄にはたくさんの「パーラー」があります。
アメリカ人がよく言うような「icecream parlor」よりは簡易食堂にニュアンスが近いです。
おにぎり,ホットドッグ,お弁当や沖縄ぜんざいなんかも扱っています。
パーラーは大体,住居と店舗が繋がっていますが,中には今風に言うとフードトラックと同じような車両店舗の「移動パーラー」もちろん移動できない移動パーラーもあります。
ほとんどのパーラーは店内にイートインスペースがなくて,テイクアウトのみですが,時々(学校近くなど)簡単なベンチとテーブルを置いているお店もあります。
食堂と比べると取扱いアイテムの値段もお安いです。

今回ご紹介するのは1970年代に開業したと思われるパーラーです。
パーラーは立地さえ良ければ割と繁盛してしまうので,それほど調理技術が必要なわけでもなく,参入しやすい業態なので,そこまで綿密なマーケティングや事業計画があるわけでもなく「おうち建てるから,ついでにパーラーやってみるさね」と言ったノリで改行されるケースが多いようです。
今回のパーラーも開業したはいいけれど10年間まで続けられなかったような感じです。

三叉路に面して建つ廃パーラー

沖縄 廃パーラー

この建物はちょっとした大通りがすーじー(細い道)と交差する三叉路に面して建っています。
大通りからもすーじーからも視認性があるので,「おうちの角をパーラーにすれば儲かる」と考えたんでしょうね。
こんなに簡単にパーラーを作ってしまえるマインドがあったのは,本土復帰後の1975年に開催された沖縄海洋博前の建築ブーム時期の楽観主義と重なっています。
この時期,海洋博を当てこんで北部地域にも大量の簡易宿泊施設が作られて,1976年以降ゼオ空族と廃業しています。



この建物はテイクアウト用のカウンターが残っているので元はパーラーだったとわかりやすいです。
パーラーの繁盛は立地次第と先ほど書きましたが,少しは味とボリューム,価格が影響するので,こちらの廃パーラーはいずれかの部分が欠けていたんでしょうね。

沖縄 花ブロック

この建物は平屋建てで,屋上にはユニークな並びの花ブロック柵があり,住居部分の目隠し的に花ブロックをあしらった塀があります。
駐車場スペースがパーラー前にありますが,これじゃ自家用車を置くスペースしかないし,路駐するには前のすーじーが狭いので,まず車ありきの1980年代以降の沖縄では生き残れなかったと見て取れます。

まとめ

この平屋廃パーラーは,廃業後パーラー部分を自宅キッチンに転用していたのかと思いましたが,玄関ドアが2つついていて,奥の方の窓が大きいので,そちらに家主が住み,真ん中は賃貸にしているのかもしれません。
横が家主で反対側が元パーラーだとしたら,間借り人は窮屈かもしれないので,親類に安く貸したとか,そんな事情があったかもしれません。
いろんな空想を掻き立てる建物です。

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