胡散臭い生臭坊主の霊験か、少しの間夫の状態は落ち着いていましたが、またなんだかおかしな感じになってきました。
私はその頃、ビールがとても好きで、ほとんど毎晩飲んでいました。
夫とも一緒に飲んでいました。
今考えると夫婦共に完全断酒をした方がよかったんですが、私には緊張感あふれる日常生活から逃避するためにお酒が必要でした。
若かったからたくさん飲むこともできました。
自分が飲むので夫が飲むのも強いてまで止めませんでしたが、向精神薬を飲んでいる人がアルコールを飲むと記憶が飛んでしまうことがあります。
これを「ブラックアウト」とも言うそうです。
夫がそれを知らないわけはなく、やや気にしているようだったので、彼は多く飲むとしてもビールをジョッキに2杯程度でした。

私はその5倍は飲んでいたので、アルコールへの感覚が麻痺していて、「夫はそこまでの量を飲んでいるわけじゃないからまだ大丈夫」と思い、断酒への決断を先延ばしにしていましたが、とうとう夫はブラックアウトしてしまい、居酒屋帰りの路上で私の顔を盛大に平手打ちしました。
思わず倒れ込むくらいの強さで殴られ、しばらく路上にうずくまっていると、耳の中に相当の風が通っている感じがしました。
片耳を押さえてうずくまっていると夫が街灯のすぐ下まで私を引っ張って行き、耳の中を覗いて「明日耳鼻科に行こう「と言いました。
耳鼻科受診には半休を取って夫もついてきました。
その時は彼も「まずいことをした」と言った様子でしょんぼりしていて、おとなしかったです。
私は鼓膜が破れていたのでしばらく耳鼻科通いをすることになりました。
耳鼻科通いが一段落するまで夫は甲斐甲斐しく私の世話を焼き、私がビールを飲んでいてもコーラなんかを飲んでいました。
やればできるんじゃんと私は思っていました。
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耳鼻科通いが終わると夫は「スーパーコンピューターを買う」と鼻息が荒くなりました。
今のパソコンは当時マイコンと呼ばれていて、スパコンは上位機種なんだそうですが、お値段は200万円を超えていて、個人が持つようなレベルのものではありません。
夫は使いもしない割にはオリベツテイのタイプライターやワープロなんかも持っていて、コンピューターにも関心はあったんだと思います。
ただ、この時代はまだ電子カルテが普及しているわけではなく、コンピューターは特殊な用途のお道楽くらいにしか見えませんでした。
スパコンを買うと言い張る夫の話を最初は聞き流していたんですけれど、やがて慶應大学からNTTに行った従兄がコンピューターに詳しいからと、その人に連絡を取り、資料を取り寄せた時には夫の目は完全に座っていました。

