短い結婚生活で躁鬱を繰り返した夫の症状が比較的安定していた数週間のできことです。
夫は毎日18時には帰宅します。
私は午前中家の掃除、お昼を食べてからは夕飯の仕込みを始めていました。
夫は大皿料理みたいのを好まず、メインのおかずと3つくらいは副菜が欲しいと言う人だったから、そんなに料理好きでもない私はほとんど家事の奴隷でした。
同棲開始後すぐにカンナみたいな刃のついた木箱を渡されて、「鰹節はこれで削ってね」と言われてビックリしました。
なんでも夫の祖母が鰹節を毎回削っていたから、同じようにして欲しいとのことでした。
そんな感じで夕飯を作るのも大仕事だったので、ぼちぼち支度を始めた頃に夫が勤めている病院の副院長先生から電話が来て、「奥さん、すぐ病院へ来てください」と言われたので、すぐに用事は終わるものと思い、サンダル履きで財布も持たずに走って行きました。
医局に呼ばれると、床の真ん中で大の字になって夫が倒れていました。
いきなりの深刻な展開に理解が追いつかず、院長先生を見たら、「今、倒れられたので救急車を呼んでいます、奥さんも付き添ってください」と言われました。
救急病院は夫が躁状態の時に入り浸っていたところです。
低カリウム血症とのことで意識がないまま、23時頃ICUに移動となりました。
低カリウム血症と言うのは「水中毒」のような症状で、水を飲み過ぎると血中のカリウム濃度が低下してひどい時にはこんな風に意識がなくなることもあるようです。
夫は向精神薬の影響で喉が渇くと言っていて、毎日出勤する時に2ℓペットボトル2本に麦茶を詰めて持って行っていました。
その麦茶も水出しはダメで、必ず煮出したものだったから世話が焼けていました。
合計4ℓの麦茶を持って出勤しているのだけど、こんなに飲みきれるものじゃないと私は思っていました。
帰宅時に空になったペットボトルを渡されていたから、飲み残した分は持ってくるのが面倒になって捨てているんだろうと思っていましたが、夫は毎日4ℓの麦茶を飲み干し、さらに6ℓ分の水をさすがにバツが悪いのか、隠れて飲んでいたようです。

私が普段なんとなく常識と思っていたことをはるかに飛び越えた言動を繰り返す夫が怖くなりました。
夫は意識もなく昏睡しているし、このままこの人は死ぬんじゃないかと思いました。
そうなったら私はひとりで生きていくしかないんだけれど、それができるのか不安でした。
夫と死に別れる間際と言っても自分のこれからの生き方がまず心配の種になるんだと思い、夫が少し気の毒になりました。
ICUはずっと付き添っている必要がないので、毎日午後、様子を見に行っていましたが4日目くらいに受付を済ませると「旦那さんの意識が戻っていますよ」と看護師さんが声をかけてくれました。
病室に入ると私を見て夫がニコニコしていました。
どこか痛いとか動かしにくいとかそう言うのはまったくなくて、昨日まで意識不明だったのが嘘のような回復ぶりでした。
会話は普通にできるし、記憶があやふやと言うのもない。
翌日はICUから一般病棟に移り、3日間ほど様子を見て退院して、これまた何事もなかったかのように夫は仕事に戻りましたが、同じ常識を共有できない夫との生活に恐怖を感じるようになったのはこの頃からです。

